南極点でくらす1年間のきろく

アイスキューブニュートリノ望遠鏡のWinterover(越冬観測員)として、1年間南極点のアムンゼン・スコット基地に滞在しています。家族、友達のみんな、まだ生きてます。

フルマラソン@南極点

すこし前の話です。1月5日にアムンゼン・スコット基地でマラソン大会がありました。

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毎年恒例のようです。ことしはザックが企画しました。 (Credit: C. Rahl & Z. Tejral)

フルマラソン(26.2マイル)です。だたし、ただのマラソンではありません。思い出してください、ここは南極点です。

  • 夏真っ盛りの南極点ですが、当日の気温はマイナス25度です。風もあるので実際はもっと寒いです。
  • 地面は当然雪ですし、整地なんかされてません。ボッコボコです。
  • 知らない方たくさんいると思いますが、南極点は標高3,000メートルです。

このような地獄の条件の中で、フル/ハーフマラソンに参加する頭のおかしい面々はこちらです。

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マラソン前のミーティング。”無理すると死ぬから、みんな注意な。”みたいな内容。

もちろん僕も選手としてフルマラソンに参加するつもりでした。 走るのは大好きですが、やむを得ず諦めます。 どうしても写真係をやってほしいと懇願されたためです。 いやあ残念だ♫

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南極点がスタート/ゴール地点です。

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最初は多少だんご状態。

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天気がある程度良くてよかったです。でないとサバイバルになってしまいます。

撮影係ですが、走ってコースを回るわけにはいきません。 IceCubeグループで保有する、新品のスノーモービルを使うことにしました。 ハーフスロットルでも平気で70km/hくらいでます。

縦に伸びた集団のみんなの写真を撮るために、走っているランナー達の横を爆速で追い越して行きます。 マラソン大会で誰かを抜くなんてこれまでの人生ではなかった経験です。 気持ちいいですね。

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新品のスノーモービルでコース中を駆け回って写真を撮ります。めちゃめちゃ速いので超楽しい、このときは。(Image credit: C. Tung)

上の写真、スノーモービルの後ろの荷物入れから(カメラケースの)ストラップが垂れ下がっているのがわかるでしょうか。 ぼくはアホだから全然気づかなかったんですね。

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基地内の用語で”The End of the World”と呼ばれるエリア。

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通信アンテナのあるエリア。

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先頭が滑走路の末端に達するころ、Twinotterと呼ばれる飛行機が基地にやってきました。

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ネイサンがコースをハーフマラソンに相当する1周を終えて、2周目にはいっていくところ。

燃料が怪しくなってきたので、補給に一旦基地にもどります。 満タンにしてエンジンをかけようとすると一向にかかりません。 さらに、車体を調べると荷物のカメラケースのストラップが、スノーモービルのキャタピラにめちゃめちゃに絡まってしまっていることに気が付きました。

困りました。なにしろ撮影係を仰せつかっています。はやくコースに戻らなくてはいけません。

必死になってクソほど絡まったストラップをほどくのですが、キャタピラって思ってたよりずっと硬いのです。 キャタピラを手で抑えこんでスペースを作って、ストラップを隙間から這い出させなくてはいけない*1のですがちっともうまくいきません。 しかも手がどんどん冷たくなります。マイナス25度です。 途中からはスノーモービルに罵声を浴びせつつの作業です。

1時間くらいかけてようやく無残な姿になったストラップを救出できました。 でも今度はエンジンがかかりません。 また悪態をつきながら、(アホほど重い)リコイルスターターのロープ?を引っ張りまくります。 もう全然かかりません。 だいたいなんでこんなクソ寒いなかボランティアで撮影係しなくてはいかんのや、とこのころには完全にブチギレていました。

もうこのアホスノーモービルはここに見捨てて、ボロいですがちゃんと動く旧式のやつに乗り換えることにしました。

ハーフマラソン組はもうレースを終えてしまっているようだったので、フルマラソンを走る先頭の数人だけを追っかけることにしました。

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彼女はほぼ最初から最後まで先頭でした。

先頭をずっと走るのはケンドールさんです。彼女はバンジョーが弾けます。バンジョーが弾けてマラソンも走れるなんて最強だな。

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ぜんぜんつらそうな素振りを見せず、毎度ポーズを決めてくれます。

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2番手を走るザック。

ザックは仕切役としてこれまでずっと準備してきました。 彼が夜勤明けにトレーニングをしていたこと、食事もマラソンに向けていろいろ我慢していたことも、食堂で隣りに座っていた僕は知っています。 毎回話を聞くたびに、”それは大変だね。”と言いながら我慢してる彼の横でステーキを山のように食い、ケーキを頬張ってきました。 ”ちょっとくらいこのケーキ食べれば?おいしいよ?”なんて言ったり。 ザックは言います、”僕はケーキはパスだよ、ユーヤ。でもありがとう”。

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頭の中を”炎のランナー”のテーマ曲が流れます。はしれザック!

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コースにいくつかある折り返し地点の前後でハイタッチ。

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みんなが応援。

スノーモービルの一件で荒みきった心が少しずつ暖かくなっていきます。ただ両手は氷のようにどんどん冷たくなっています。

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先頭のケンドールさんがゴールの南極点のある基地に戻っていきます。

そしてゴールです。

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おめでとう!

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倒れ込むとかなくて、ぜんぜん余裕。笑顔が素敵ですね。

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しばらくしてザックもゴール。

ザックがダース・ベイダーみたいなマスク使わなくちゃいけなかったこと、それに着いた霜を見てもらえればどれだけ過酷かわかると思います*2

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爽やかかよ。

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表彰に拍手で迎えられるぶっちぎり1位のケンドールさん。

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おめでとうザック。

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参加記念のステッカー。

なんかよくわからないけど、”写真撮ってくれてありがとう”枠でフルマラソン参加のステッカーをもらえました。 ハーフマラソンに参加、完走したジョン*3はハーフマラソンステッカーしか貰えなかったので、このことについて小言を言われましたが関係ありません。ぼくは晴れてフルマラソンランナーのひとりになりました。

これで胸張って、南極点でフルマラソンを走ったということができます。パソコンに貼ってこれからずっと自慢します。

まとめると、南極点でフルマラソンを完走して、基地のみんなとの絆を深めたという話です。

*1:伝わらないかもしれませんが、これが世界でいちばん正確な表現です。

*2:偉そうなこといってますが、僕は走ってないので知りません。

*3:おめでとう!