ステーション・クローズ・デイ
アムンゼン・スコット基地に輸送機がやってくる最後の日、ステーション・クローズ・デイです。
この日のあとは、10月まで基地は完全に孤立します。 何が起きても誰も助けに来てくれないし、逃げ出すこともできません。 ウィンターオーバーとして基地に残るのは42人です。
この日は2機のLC-130が午前と午後にそれぞれやってきました。 荷物を持ってくる便と、最後の最後まで基地に残っていた夏クルーを追い出す便です。
ところで、これまでずっと輸送機LC-130の写真をことあるごとに撮り続けてきて、いつも思っていたことがあります。
”この誘導役やりてぇ...”です。
この仕事、マーシャルと言うそうです。
輸送機がやってくる最後の日であるきょう、いろいろラッキーが重なって、なんと午前の便のマーシャルをやらせてもらえることになりました。
”やっていいよ”と聞いたときには、顔をクシャクシャにして涙が出るほど喜びました。 アメリカさんにはお世話になりっぱなしです。いつも色々経験させてくれて、ほんとどうもありがとう。 ステーション・クローズ・デイなんてもう知ったことではありません。 今日は記念すべき、僕がマーシャルやらせてもらえるデイです。
マーシャルの仕事は滑走路の脇にある、駐機場(エプロン?)で行われます。 今日は結構寒くて体感温度マイナス55度でした。 外に出るときは、いつも通称”ビッグレッド”と呼ばれる、アメリカ南極プログラムのロゴがついた赤い極寒仕様のダウンを着ます。 ただこのビッグレッド、多少お上りさん的に見られるようで、何度もここに来ている人たちはあんまり着ません。 特に研究者じゃない、基地でインフラ系の仕事をしている人たちはほとんど着ません*1。 そのかわりに、ワークウェアで有名らしいカーハートというブランドのジャケットを使います。 マーシャルを含めた、輸送機まわりの仕事をしている人たちも当然カーハートを着ています。
なので今日はカーハート着ました。 形から入るのは大事ですよね、”わかってるやつ”を装います。 それっぽくなるようにヘッドセットも借りました。携帯している無線にはつながってないので、ただの耳栓です*2。
写真を撮ってくれたのは、42人のウィンターオーバーのなかで唯一の外国人仲間であるオーストラリア人のジェフです。 ジェフがマーシャルをやったときに写真を撮ってあげたのがきっかけで、今回僕がマーシャルやれることになりました。 オーストラリアにも感謝です。どうもありがとう。
個人的にチャーミングな笑顔で有名なクレイグから、駐機場でマーシャルのやり方について指導を受けます。 なにしろ相手はアメリカ空軍の輸送機です。 誘導するにあたって粗相があってはいけません。 冬を迎えるにあたってもう頭の中はすでに冬眠モードですが、真剣に各種サインとその意味を頭に叩き込みます。
エプロンでLC-130がやってくるのを待ちます。
いよいよやってきました。 この光景は遠くからは何度も見てきていますが、さすがに至近距離に迫ってくるやつは迫力が違います。
でっけぇ...。
両手で手をふるようなサインは、”そのまま前に進んで!”を意味します。
なんとか無事にマーシャルの仕事をこなせました。パイロットがほんとに僕の誘導に従っていたかは疑問ですが。
いやあ、素晴らしい経験になりました。 アメリカ空軍の輸送機のマーシャルする機会なんてそうそうないでしょう。 これから死ぬまでずっと居酒屋で自慢します。
そういえばきょうはステーション・クローズ・デイです。午後には今シーズン最後の便がありました。
出発するLC-130を見送るのは、基地で一番偉い人、ステーションマネージャーのウェインさんです。 このひとに至っては、ビッグレッドとかカーハートとかそういう下々の発想を超越していて、特注で作った1911年の南極点初到達のアムンゼン隊のレプリカジャケットをいつも着ます。 ちょっと欲しいしカッコいいですが、南極点以外で着る場所/機会絶対ないですね。
そして最後の便が飛んでいきました。
いよいよ冬がやってきます。文明社会のみなさま、10月までさようなら。