南極点でくらす1年間のきろく

アイスキューブニュートリノ望遠鏡のWinterover(越冬観測員)として、1年間南極点のアムンゼン・スコット基地に滞在しています。家族、友達のみんな、まだ生きてます。

徹底解説オーロラ撮影ガイド

オーロラが空に出現したけど、外は気温マイナス70度の死の世界、写真を撮りに出かけたいけどどうしよう... なんて状況、あるあるですよね。

このエントリは、全国一億人のオーロラを観てみたい、写真を撮ってみたい人に贈ります。徹底解説オーロラ撮影ガイドです。

まずは南極点のアムンゼン・スコット基地のウィンターオーバーになんとかして参加してください。

あなたが、日本人の場合は

  • アメリカ人になって、アメリカ南極プログラムの契約を勝ち取り、アムンゼン・スコット基地の運営に携わる
  • アイスキューブニュートリノ観測実験のウィンターオーバーになる

の2つのパターンがあります。僕は後者を選びました。

代替案として、少し難易度が上がりますが、「真冬の南極点に歩いてきて基地に泊めてくれるよう頼む」のも一応オプションです。この場合、あなたが世界初です。たぶんナショナルジオグラフィックの表紙に顔が大きく載りますし、以降冒険家を名乗っても誰も文句はないでしょう。

ウィンターオーバーになったあなたは、2月中旬の基地の閉鎖を経たあと、3月下旬に太陽が地平線の下に沈むのを確認することになります。極夜の到来です。ここからは次に太陽が登る9月下旬までの6ヶ月間、常にオーロラが見えるチャンスがあります。なにしろこの期間はずっと真っ暗です。

極夜が始まってしばらくすると、基地の窓はすべてカバーで覆われます。これは基地の屋上にあるオーロラの科学観測用のカメラに基地からの光が入らないようにするためです。これでは外の様子が全くわからないので、基地の外を写すライブカメラを用意しています。

ある日、基地の中で働いているあなたはライブカメラにふと目をやり、緑色の帯が空に現れているのを発見します。

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この例では月がでているので、(明るすぎて)ベストな条件ではありません。

オーロラが出現しました。

いざオーロラが現れたからといって騒いでいるようではアマチュアです。まずはコーヒーでも飲みましょう。どうせほぼ毎日見えるので、見過ごしても問題ありません。極夜が始まった頃はオーロラがライブカムに写るたびにみんな大騒ぎで外に駆けていきましたが、そのうち「でかいオーロラ?へー、ほんとだ。すごいじゃん。」みたいな感じになります。

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コーヒーマシン。コーヒーがそろそろ切れるとの噂...

一服するために向かう先、食堂にはコーヒーマシンが2台、それぞれ味薄めと濃いめとラベルされているものが常に稼働しています。 「今日は薄めの気分だなー。」とか「やっぱり濃い目のコーヒーが美味しいね。」とか言って好きなほうを選びます。 だいぶ経ってから知ったのですが、両方中身は一緒です。ずっとアホ丸出しでした。

コーヒーマシンの前のソファでしばし他のウィンターオーバーと雑談したあと、いざ防寒具を着込むまえにはトイレに行くのを忘れないようにしましょう。後述する防寒具を装着したあとに、「あぁ、トイレ行っときゃよかった...」となると、もう漏らしてもいいかなと思えるほど面倒なことになります。

いよいよ、何より大事な防寒具を着込みます。オーロラ撮影しなきゃと、普通の格好で外に三脚とカメラ持って出ようものなら、30秒もてば相当根性あると言えるほど寒いです。どれだけ急いでいても、防寒具なしで外にでるのは得策ではありません。

マイナス70度の世界で死なないためにはどれくらいの防寒具が必要でしょうか。

基本的にはプログラムから支給されるExtreme Cold Weather gear(ECW)と呼ばれるデフォルトの防寒具セットで事足りますが、寒さの感じ方は各々違うので、足したり引いたりをして、冬が深まるにつれ自分にあった形に落ち着いていきます。

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これでぜんぶ。

これを全部着ます。

オーロラ撮影の技術的なことに入る前に、外に出るには頭の先からつま先まで、このECWがどんなものか紹介しようと思います。なお、外の気温がマイナス50-70度の場合を想定しています。マイナス30-50度くらいの夏は、これよりずっと軽装でも大丈夫です。


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オーバーオールは暖かい。

パンツはカーハートというブランドのオーバーオールが僕のお気に入りです。見た目以上に厚手で、なにより丈夫です。これだけだと隙間からの風で足が冷えるので、フリースのパンツ版みたいなのをカーハートの下に着ます。湿度がゼロで静電気天国の南極点では、こういうフリースみたいな生地は、ゴミ収集器として基地中の人の髪の毛をかき集めてひどいことになります。まあ、あんまり好ましい状態ではないですが、綺麗にするほうが面倒だし、すぐ同じ状態に戻るので無視です。

足元を守る靴下はダーンタフで決まりです。厚手なのは当然として、ダーンタフはどれだけ使ってもほんとに穴が開かないので最高です。靴下はプログラムから支給されないので、ダーンタフ製の靴下買いましょう。


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ひたすらかさばる。外でコケる主な原因。

ブーツは支給されるものの種類が沢山あるので人それぞれですが、僕のはアシックス製です。インナーで暖かさを確保するタイプのやつです。特にこれと言った特徴はないですが、これまで問題がないので気に入ってます。


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アイコニック。

いよいよ目玉、ビッグレッドと呼ばれるカナダグース製のジャケットです。アメリカ南極プログラムを象徴するアイコニックなジャケットです。 よく誤解されますが、胸元のロゴはカナダグースのそれではなくて、アメリカ南極プログラムのロゴです。

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カナダグースのロゴではない。

これ、笑えるほど暖かいです。基地のなかでこれを着ていると、座っていようが立っていようがたちまち寝れます。


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3重の手袋。

印象として、身体のなかで一番冷えを感じやすいのは手先かも知れません。なので入念に防寒します。薄手の手袋の上に、スキー用(?)のものをはめます。これではまだまだ寒いので、さらに「熊の手」の異名をもつ巨大ミトンを装着します。ミトンの中の空いたスペースにホッカイロみたいなのを入れる人もいます。もうこうなると細かい作業は一切できませんが、この三重構造なら我慢できないほど寒いと感じることはないでしょう。ただ暖かいと思うこともありません。

何が辛いかというと、なおカメラを外でセットする際にはミトンは外さなくてはいけないことです。それでも手袋は二重ですが、ここからは時間の勝負です。すぐに寒さで指先がしびれるように痛み始めます。これが相当に過酷ですが、乗り切る秘訣は「我慢」です。


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バラクラバはマジ重要。

手足と同じかそれ以上に防寒に気をつけるのは頭と顔です。バラクラバ(目出し帽)は必須です。僕の印象としては、おそらくバラクラバは最も重要な装備です。これなしで我慢するのは相当キツイですし、すぐに凍傷になります。このうえにネックウォーマーと帽子を被ってください。この段階でもう誰が誰だかわかりません。

まだまだ続きます。外は真っ暗なので、ヘッデンが必要です。歩くために必要なだけでなく、カメラの設定などの手元の操作もちっとも見えないので明かりがかかせません。バッテリー部をジャケットの中に収納できるものを選ぶと良いでしょう。バッテリーの類は工夫して寒さから守らないとすぐ死にます。最後に、ゴーグルはオプションです。僕は風がよっぽど強い日しか使いません。ちなみに外は暗いのでスキー用の偏光のやつとかサングラス的な機能を持ったものではなくて、むしろただの透明なプラスチックのやつを用意してください。


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バックパックに入れるのは三脚だけ。

オーロラ撮影には三脚がかかせません。三脚はバックパックのなかに入れて持ち運びます。雪面は真っ平らとは程遠く、サスツルギと呼ばれる波のような模様になっていて、しかも暗いのでよくコケます。なので両手は常に空いていたほうがいいです。それに三脚をむき出しにしていると、可動部の油が凍結してすぐに三脚としての機能を失うので、目的地まで歩くあいだは外気に触れないようにバックパックの中に入れておきましょう。

準備ができました。*1

あとは外に出て気合と根性でオーロラを撮影するだけです。技術的なことは適当にいろいろ試してれば身体が勝手に覚えるでしょう。

エンジョイ!

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オーロラ。

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オーロラ。

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オーロラ。

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オーロラ。

*1:最初に観たオーロラはもうとっくの昔に消えているでしょう。