南極点でくらす1年間のきろく

アイスキューブニュートリノ望遠鏡のWinterover(越冬観測員)として、1年間南極点のアムンゼン・スコット基地に滞在しています。家族、友達のみんな、まだ生きてます。

おれの南極点

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ご存知、南極点。

これまでたくさんの基地に滞在する人が、南極点で記念撮影をするのをみてきました。もちろん僕もたくさん写真撮ったりしてきました。

でもあるとき思ったのです。”これほんとに南極点か?”と。

このGeographic South Poleは、測量チームによってGPS衛星を使って毎年厳密に求められています*1。 でもそんなことは関係ありません。自分で確かめなくてはいけないのです。

そこでまだ夏真っ盛り、マイナス20度くらいの暖かな日の昼下がり、アマゾンであるものを注文しました。 待つこと2ヶ月、基地閉鎖の直前になってギリギリ届きました。

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六分儀

六分儀です。天測で”本当の”南極点を見つけてやろうと思います。

アムンゼンが1911年に南極点に初到達したときに使ったのも六分儀です。 というか彼らの場合、初到達なので南極点に到着したところで何の印もありません。 自分たちで天測を行って、果てしなく広がる何の特徴もないだだっ広い氷の上のある地点に、ここが南極点だと旗を立てるしかないわけです。 疑心暗鬼になりそうですね。

実際、アムンゼン一行も天測の不確かさについては定量的に理解していました。ものすごく慎重に動いています。 まず、彼らはどれだけ”どうも南極点っぽい”あたりを歩き回っても、南緯90度ピッタリのところは見つけられませんでした。 確か八十九度五十数分くらいが最も近い値だったと思います。 アムンゼンはそこに、”とりあえずここが俺たちの南極点”の旗を立てたあと、隊員たちをそれぞれ違う方向に1日分(?)くらい向かわせることで、すくなくとも隊員の誰かは南極点を通過したはずだと結論づけています。周到ですね。

この天測、100年前の人たちでもできたのです。僕がやれない理由はないでしょう。 ただ問題は天測の理論について僕は何も知らないことです。 そこで、アムンゼン・スコット基地の越冬隊のなかにいる気象学者や、ここに来るまでは航海士やってた人などにいろいろ天測について聞きました。 どうも経度まで算出するのは結構難しそうなのですが、緯度は割と簡単っぽいようです。

太陽の高度が最大になる時刻に、その仰角を測れば、計算とある種の表をもとに緯度を算出することができます。 そろそろ太陽が地平線に沈んでしまう*2ので、さっさとやらねばなりません。暗くなっても星を使えば天測できるのですが、難易度がぐっと上がってしまいます。 不幸なことに、ここしばらく天気がめちゃめちゃ悪く、地平線がちっとも見えませんでした。 僕の習ったやり方では、地平線が見えないと話になりません。

数日前に天気が回復したので、”測量チームがいうとこの”南極点で天測をしてみました。

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気温はマイナス50℃を軽く下回ります。

細かい作業が必要で、分厚いミトンを外して普通の(分厚い)5本指手袋で作業しなくてならないために、手がすぐにどうしようもなく冷たくなります。 万力で手を締め上げて、氷水のなかに突っ込むくらいの感覚です。 ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ー!!!! ”と悲鳴をあげながら測るのは、太陽と地平線のなす角度です。 より正確な値を得るために何度も何度も測定しました。

基地に戻ったあと、(あったかいココアを飲んでから)測定値をもとにして各種補正を加えて緯度を算出します。

結論から言うと、僕が南極点で測った緯度は89°53' (89.88°)です。 僕の南極点は、公式の南極点から13km離れたところにあるようです。 GPS測量と僕が付け焼き刃で覚えた天測とはどちらが正しいか比べるまでもないですが、いいんです。 僕の南極点は基地から13km離れたところにあります。それだけ知ってれば満足です。

*1:地面の氷床が動くので正確な南極点は少しづつずれる

*2:半年さようなら