月が明るい
大小はあれど毎日オーロラが出るし、天の川は外に出て見渡せば必ずどこかにいます。9月の日の出までこれがずっと続きます。南極点の極夜です。
でも一つ忘れてました。月のことです。しばらく前に消えてここのとこずっと見なかったので忘れてました。先週頃から月が地平線から姿を現しました。 いまのようにすごく暗くなってから現れる月は、とんでもなく明るいです。ほんと外の世界が変わります。
月が出ていなかったころは、建物間に一定間隔で設置されている旗に沿って歩くのにすらヘッデンが必要でした。けっこうマジで暗くて怖いです。しかも風吹いてて超寒いし。 オーロラの写真とかを見ると、地面の視界はある程度あるように見えると思いますが、それは写真の露光時間が20-30秒近く設定してあるからです。人間の目では足元すら見えません。
満月の日、外に出ると、ほんと太陽が4か月前倒しで出てきたのかと思いました。めっちゃくちゃ明るいです。もう旗、肉眼でずっと遠くまで全部見えます。雪面のサスツルギの模様も、地平線も全部見えます。 月なんてつまるところ、ロケットで飛んでいって3日かかる、すごく遠くにあるあんまり大きくないただの岩の塊でしょう。 なんでそれが、自分自身が光を放射しているわけでもなく、太陽光を反射するだけでこんなに明るいんでしょうか。 そういうもんだ、ということは知っていても不思議です。むしろ太陽半端ないってことか。太陽半端ないな。
月の光のおかげで久しぶりに、オーロラと天の川ドーン!みたいな写真じゃないのが撮れそうなので、いろいろ楽しくなります。
ちなみに、月のおかげで明るかろうがなんだろうが、寒いことには変わりありません。相変わらずカメラはすぐに凍死します。むしろマイナス60度(体感温度マイナス80度)でしばらくの間だけでもちゃんと動くのは大したもんだと思いますが。
ライアン
週末になってもどこかに出かけたりすることが不可能*1な越冬中の南極点です。
みんな好きなように楽しむのですが、土曜日の夜はラウンジに集まって、のみながら話したり、ビリヤードしたりする人が多いです。 ラウンジにはスピーカーがあって誰からともなく好きな音楽を流すのですが、ライアンのアイフォンが繋がれた場合、問答無用でメタルです。 音量は常に「ちょっと音下げてくれる?」くらいのレベルの3倍です。
そういえば、メタルのこと何も知りません。タモリ倶楽部に出てくる日本語がめちゃくちゃうまいマーティンなるひとが有名なメタルバンドの一員、ということしか知りません。聖飢魔IIがメタルならそれも知ってます。大学のときに髪がスイカ色(模様)の友達に教わりました。
「メタルっていろんな種類があるんだよね?」と聞いたが最後、ライアンのレクチャーが始まりました。
- デス・メタル
- ブラック・メタル
- ヘビー・メタル
- トラディショナル・メタル
- グラインドなんとか
- メタルに寄せてきたパンク
- パンク寄りのメタル
- あとたくさん。(忘れた)
それぞれを代表的な曲を流しながら説明してくれます。聞いたなかでは、トラディショナル・メタルが良いと思いました*2。 講義は進み、気づくとラウンジにはライアンと僕だけです。講義は最終的には、「シアトルに住んでるゴジラがめちゃ好きなライアンの友達によるゴジラをテーマにしたメタル」にまで達しました。これはちなみにすごく良かったです。
当日は、他にもライアンすげえって話がいろいろありました。例えば、「浴びるように飲む」という表現がありますが、ライアンの場合は量は適切でも、文字通りビールを浴びます。びっくりしました*3。
もうひとつは、まだ時間も浅かったころ(まだメタルじゃなかったころ)、ラウンジの逆側で何人かが、風船が空中のある一点で静止するように重りを足したり減らしたりして遊んでました*4。そこでライアン、的に刺さったままになってたXXXを浮かんでた風船めがけて投げつけたりします*5。風船の周りにいた人騒然です。
何が一番メタルか、それはライアンのポジションは基地の安全管理担当なことです。
おしまい。
ミルキーウェイもまじやばい
しばらく風の強い日が続いていました。
真っ暗で風が強いので、なかなか外にでるのも億劫になります。
そういえば最近、オーロラが出現するようになってからは、僕を含めて基地のみんなでオーロラの写真ばっかり撮ってたような気がします。ここに来ておいてあれですが、個人的に風景写真撮ったりするのに興味あんまりありません。なのでいつもとちょっと違う写真を撮ろうとおもって外に出ました。基地が風を受けてくれる、風下側を歩き回ってみました。
嵐のような風が四六時中吹く強烈な日々が去ったあと、空が開けてえらいことになりました。
見たまんまですが、斜めに延びているのが天の川です。横に走っている緑と紫の帯がオーロラです。
よくみるとちらほらある、短い直線は人工衛星の軌跡です。写真を撮るときの露光時間が長いので、こういうふうに写ります。 誰にも共感してもらえないでしょうが、霧箱で見る宇宙線に似てるなあ、といつも思います。
いやあオーロラ&天体写真はたのしいな。
エジプトはナイルの賜物
ここにやってくる前、いろんなひとに越冬するにあたっておすすめの本がないか聞いてました。 なんやかんや聞くだけ聞いてほぼ自分が読みたい本だけ持ってきましたが、知り合いの意見を参考にしたものもあります。
そのひとつがヘロドトスの「歴史」です。
いわゆる「エジプトはナイル河の賜物」発言で有名なやつです。逆にそれ以外、むかしギリシャのへん(?)のおっさんが書いた歴史の本ってことしか知らないですが。
なぜ採用したかですが、理由は3つあります。
- 絶対、無駄に長い。(長い間読める。)
- 何回読んでも頭に入ってこなさそう。(何回でも読める。)
- でもまあ、岩波文庫だからきっとためになるだろう。
ここ最近になって、読み始めたばかりです。
始めのほう、独特な書き方に慣れなくて困惑しました。 例として、以下はミュルソスなる人物の説明をする一文です。
アルカイオスの子ベロスの子ニノスを父とするアグロンが、ヘラクレス家の一統でサルディスの王となった最初の人物であるが、ミュルソスの子カンダレウスは、その最後の王であった。(「歴史(上)」ヘロドトス著/松平千秋訳、岩波文庫)
いったい一文で何世代、何百年まとめる気でしょうか。
まあでも、基本的には、いまのとこ思ってたよりずっと面白いです。
ただ時折、「~の理由を私は知っているが、ここに書くのは憚(はばか)られるのでやめておく」といった記述が目に付きます。 ヘロドトス、なんか感じ悪いですね。
オーロラやばい
さいしょはジョンにブチギレそうになりました。
一昨日のことです。アムンゼン・スコット基地から離れたところにあるIceCube Labのサーバールームで作業していたとき、外で雪かきしているはずのジョンがそのままの格好でサーバールームにはいってきました。
南極点は湿度が常にゼロ%なので、静電気でしょっちゅうビリっときます。人間がびっくりするだけならそれでいい話なのですが、相手が精密電子機器となると話は別で、静電気で機器が壊れてしまうことがあります。そのため、サーバールームでは静電気除去の効果がある白衣(ESDジャケット)をきることがルールになっています。なのでルール完全無視のジョンをみてカチンときました。
ジョンに「てめー!なんで例のジャケット着ずにサーバールーム入ってきてんだよ!」の一言が頭のなかで英語に変換されるより早く、 ジョンが「ユーヤ、いますぐ外出て空見なきゃだめだ!」と大声で言います。
外に出て驚きました。空に巨大な緑色の帯が視界の縁から地平線までずっと延びています。オーロラだ!
オーロラがみえるようになるのはずっと先の話だと思っていたのでびっくりしました。 ジョンと僕にとっては初オーロラです。 二人でハイタッチしてしばらくみていると、オーロラはその形を変えて、ちょど僕たちの真上くらいで空が緑色で爆発しているような大きなものに発達していきます。 あまりに急だったのと、長くは続かなかったので写真を撮りそこねました。 それに白衣の軽装のままです。寒くてしかたないので、オーロラが消えるやいなやさっさとサーバールームに戻ります。 証拠がないので好きなように言えますが、とにかくナショナル・ジオグラフィックに載ってそうなすごいオーロラでした。
その日から2-3日が経って、きょうまたオーロラがあらわれました。
ジョンとみたやつはこれよりもずっとすごかったです。
オーロラの季節がやってきました。
これくらい暗い
まだまだ極夜が始まったばかり、しかも満月のここ数日です。
といっても、どれくらいもう暗い/まだ明るいか想像できないとおもうので、こんなもん、という写真を紹介します。 明るさなんか写真いじればどうとでもなりますが、このエントリに載せた写真は僕の目で見た感じをできるだけ再現しました。
今回、南極点にくることになって、初めてちゃんとしたデジカメを買って、撮った写真を写真編集ソフトでいじったりするようになりました。 便利なもので、昔、自分でフィルムプリントしてたころ*1に比べると同じことするための作業効率が1億倍くらい違います。 そういえば、基地のある部屋にイルフォードの印画紙の箱が山積みになっているのを見つけたことがあります。担当の人に聞いたところ、昔は基地に暗室があったようです。 フィルムカメラとフィルム、一応持ってきているのですが、もし暗室が現存してたとして自分でフィルムの現像・プリントするでしょうか。いやー、絶対しないな。
ところで上の写真ですが、画面をきれいに拭いてから見てみてください。ゴミみたいな点はホコリじゃなくて星です。 まだ驚くほどの星空って感じではありません。ただ、日に日に星が増えてきれいになってきています。
うーん、実際はもうちょっと暗いかな。
まあ、まだまだヘッデンなしでも歩けます。
*1:バブルが崩壊したころに生まれました。そこまで年はいってません。
久し振りの星空
日の入りから2週間以上が経ち、いいかげん暗くなってきました。
太陽が地平線に沈んだあとも、散乱された光が届くので、その方角はかんたんに言い当てることができます。
多くの場合、雲がなく澄み切った空のほうがトワイライトの景色が綺麗に見れます。 ですが時折、風向きと雲の具合がうまく組み合わさったときに、地平線にとてもきれいな景色が広がります。
野菜を育てている温室にはソファが置いてあって、そこで本を読むのが好きなのですが、よく寝落ちします。
たぶん基地の中で唯一、しっかり温かい部屋です。
ある日、温室で本を読んでいた寝ていたところ、午前2時にダニーに”外の景色がすごいよ、写真撮りに行ったほうがいいよ!”と叩き起こされました。
"写真?はぁ?知るかよ...てか寒いからドア閉めろよ..."と思わなくもなかったですが、しょうがないので極寒ユニフォームに着替えて外に向かいます。衛星通信担当で夜勤のザックと一緒に外に向かいました。
温室内と当日の外の気温の差は、おそらく80度近くあったのではないでしょうか。
寝起きで多少不機嫌なまま、基地のごついドア*1を開けて外にでると、空があんまりきれいなのでびっくりしました。 ダニー、起こしてくれてありがとう。 そのときに撮ったのが上の写真です。フォトショップすれば大概、目で見た景色よりもきれいな色合いの写真にできるもんですが、このとき見た景色はこの写真よりもずっとずっときれいでした。
南極点あるあるですが、写真撮ってて困るのは三脚が凍って調整が一切できなくなることです。 三脚の可動部のグリース?が超低温仕様のものでないからだと思います。 なので僕の場合、調整したいときは三脚の脚のいずれかを力ずくで雪面に押し込んで、無理やり調整します。 三脚が三脚たる理由の機能を放棄です。
もうほんと三脚がちかごろ憎たらしくてたまりません。金属製の三脚は外に持っていくとキンキンに冷えるため、どれだけ分厚い手袋してて*2も持つとめちゃくちゃ寒い、というか痛いです。 まったく納得のいかない高額なお金を投入して買った三脚です。ここまで持ってくるのも重いしかさばるし一苦労でした。 必要なので仕方ないですが、いまぼくの身の回りにあるものすべての中でもっとも気に食わない存在は、自分の三脚です。
そもそも何のために書き始めたか忘れてしまっていました。本題に入ります。でも2行で終わります。
暗くなってきて期待するものはみんな一緒です。最近はみんな外に出ると、空を見上げて凝視します。
星です。5ヶ月振りの星空です。まだまだ真っ暗ではないのではっきり、きれいには見れませんが感動です。これでいいたいことは終わりです、どうもありがとう。