南極点でくらす1年間のきろく

アイスキューブニュートリノ望遠鏡のWinterover(越冬観測員)として、1年間南極点のアムンゼン・スコット基地に滞在しています。家族、友達のみんな、まだ生きてます。

南極点の日の出

9月23日に南極点は日の出を迎えました*1

日の入りは3月21日だったので、6ヶ月間の間ずっと極夜が続いていたわけです。

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日の出直前。

ずいぶん久しぶりにみる太陽は、とんでもなく明るいです。

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日の出直後。

太陽が現れることは、越冬の醍醐味である極夜が終わることを意味します。もう天の川やらオーロラが見えなくなってしまいます。

なので、日の出なんかちっとも嬉しくなかったのですが、いざ太陽が昇ると自然と笑顔になっている自分に気が付きます。 毎日Electric Light Orchestraをループで聞いているくらい、なんとなくずっとハッピーです。

外が明るくなったことで、いろいろな作業や観測がはじまりました。

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オゾン観測の気球の打ち上げのようす。2秒おきに撮影したやつを合成。

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オゾン観測の気球の打ち上げのようす。2秒おきに撮影したやつを合成。

写真は気球を使った南極点上空のオゾンの観測(オゾンゾンデ)の様子です。 オゾンゾンデの観測は僕の仕事ではないのですが、写真撮影担当として参加しています。 この写真の合成は難儀でした。

南極点ではほぼ雪は降らないのですが、大陸の遠くから風にのって飛んできたアイスクリスタルが積もっていくため、一年に30cmほど地面が上昇します。

このため基地や施設、外にある全てのものは雪かきや底上げをしない限り埋まっていく運命にあります。

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左上が現アムンゼン・スコット基地。右下のアーチ状の建物は、先代のアムンゼン・スコット基地の施設で完全に埋まっている。いまは倉庫、発電所や車両基地として使用。

ということで南極点のマーカーも毎年少しづつ埋まっていきます。今シーズンの冬を終えた時点で、もはやマーカーとは言えないレベルに埋まってしまったので、底上げをおこないました。

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セレモニアル・サウスポール

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思いのほか深くて一同絶望。

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「ポール」部をやっと掘り起こしたところ。

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人柱セレモニアルサウスポール。

せっかくの日の出のエントリですが、まったくまとまりのない文章になりました。まあ書いただけ自分を褒めてあげたいと思います。

ところでELOとってもいいですね。Mr. Blue Sky以外もいい曲たくさんあること知りませんでした。

*1:南極点では日の出と日の入りが一年に一回ずつしかありません。

徹底解説オーロラ撮影ガイド

オーロラが空に出現したけど、外は気温マイナス70度の死の世界、写真を撮りに出かけたいけどどうしよう... なんて状況、あるあるですよね。

このエントリは、全国一億人のオーロラを観てみたい、写真を撮ってみたい人に贈ります。徹底解説オーロラ撮影ガイドです。

まずは南極点のアムンゼン・スコット基地のウィンターオーバーになんとかして参加してください。

あなたが、日本人の場合は

  • アメリカ人になって、アメリカ南極プログラムの契約を勝ち取り、アムンゼン・スコット基地の運営に携わる
  • アイスキューブニュートリノ観測実験のウィンターオーバーになる

の2つのパターンがあります。僕は後者を選びました。

代替案として、少し難易度が上がりますが、「真冬の南極点に歩いてきて基地に泊めてくれるよう頼む」のも一応オプションです。この場合、あなたが世界初です。たぶんナショナルジオグラフィックの表紙に顔が大きく載りますし、以降冒険家を名乗っても誰も文句はないでしょう。

ウィンターオーバーになったあなたは、2月中旬の基地の閉鎖を経たあと、3月下旬に太陽が地平線の下に沈むのを確認することになります。極夜の到来です。ここからは次に太陽が登る9月下旬までの6ヶ月間、常にオーロラが見えるチャンスがあります。なにしろこの期間はずっと真っ暗です。

極夜が始まってしばらくすると、基地の窓はすべてカバーで覆われます。これは基地の屋上にあるオーロラの科学観測用のカメラに基地からの光が入らないようにするためです。これでは外の様子が全くわからないので、基地の外を写すライブカメラを用意しています。

ある日、基地の中で働いているあなたはライブカメラにふと目をやり、緑色の帯が空に現れているのを発見します。

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この例では月がでているので、(明るすぎて)ベストな条件ではありません。

オーロラが出現しました。

いざオーロラが現れたからといって騒いでいるようではアマチュアです。まずはコーヒーでも飲みましょう。どうせほぼ毎日見えるので、見過ごしても問題ありません。極夜が始まった頃はオーロラがライブカムに写るたびにみんな大騒ぎで外に駆けていきましたが、そのうち「でかいオーロラ?へー、ほんとだ。すごいじゃん。」みたいな感じになります。

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コーヒーマシン。コーヒーがそろそろ切れるとの噂...

一服するために向かう先、食堂にはコーヒーマシンが2台、それぞれ味薄めと濃いめとラベルされているものが常に稼働しています。 「今日は薄めの気分だなー。」とか「やっぱり濃い目のコーヒーが美味しいね。」とか言って好きなほうを選びます。 だいぶ経ってから知ったのですが、両方中身は一緒です。ずっとアホ丸出しでした。

コーヒーマシンの前のソファでしばし他のウィンターオーバーと雑談したあと、いざ防寒具を着込むまえにはトイレに行くのを忘れないようにしましょう。後述する防寒具を装着したあとに、「あぁ、トイレ行っときゃよかった...」となると、もう漏らしてもいいかなと思えるほど面倒なことになります。

いよいよ、何より大事な防寒具を着込みます。オーロラ撮影しなきゃと、普通の格好で外に三脚とカメラ持って出ようものなら、30秒もてば相当根性あると言えるほど寒いです。どれだけ急いでいても、防寒具なしで外にでるのは得策ではありません。

マイナス70度の世界で死なないためにはどれくらいの防寒具が必要でしょうか。

基本的にはプログラムから支給されるExtreme Cold Weather gear(ECW)と呼ばれるデフォルトの防寒具セットで事足りますが、寒さの感じ方は各々違うので、足したり引いたりをして、冬が深まるにつれ自分にあった形に落ち着いていきます。

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これでぜんぶ。

これを全部着ます。

オーロラ撮影の技術的なことに入る前に、外に出るには頭の先からつま先まで、このECWがどんなものか紹介しようと思います。なお、外の気温がマイナス50-70度の場合を想定しています。マイナス30-50度くらいの夏は、これよりずっと軽装でも大丈夫です。


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オーバーオールは暖かい。

パンツはカーハートというブランドのオーバーオールが僕のお気に入りです。見た目以上に厚手で、なにより丈夫です。これだけだと隙間からの風で足が冷えるので、フリースのパンツ版みたいなのをカーハートの下に着ます。湿度がゼロで静電気天国の南極点では、こういうフリースみたいな生地は、ゴミ収集器として基地中の人の髪の毛をかき集めてひどいことになります。まあ、あんまり好ましい状態ではないですが、綺麗にするほうが面倒だし、すぐ同じ状態に戻るので無視です。

足元を守る靴下はダーンタフで決まりです。厚手なのは当然として、ダーンタフはどれだけ使ってもほんとに穴が開かないので最高です。靴下はプログラムから支給されないので、ダーンタフ製の靴下買いましょう。


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ひたすらかさばる。外でコケる主な原因。

ブーツは支給されるものの種類が沢山あるので人それぞれですが、僕のはアシックス製です。インナーで暖かさを確保するタイプのやつです。特にこれと言った特徴はないですが、これまで問題がないので気に入ってます。


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アイコニック。

いよいよ目玉、ビッグレッドと呼ばれるカナダグース製のジャケットです。アメリカ南極プログラムを象徴するアイコニックなジャケットです。 よく誤解されますが、胸元のロゴはカナダグースのそれではなくて、アメリカ南極プログラムのロゴです。

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カナダグースのロゴではない。

これ、笑えるほど暖かいです。基地のなかでこれを着ていると、座っていようが立っていようがたちまち寝れます。


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3重の手袋。

印象として、身体のなかで一番冷えを感じやすいのは手先かも知れません。なので入念に防寒します。薄手の手袋の上に、スキー用(?)のものをはめます。これではまだまだ寒いので、さらに「熊の手」の異名をもつ巨大ミトンを装着します。ミトンの中の空いたスペースにホッカイロみたいなのを入れる人もいます。もうこうなると細かい作業は一切できませんが、この三重構造なら我慢できないほど寒いと感じることはないでしょう。ただ暖かいと思うこともありません。

何が辛いかというと、なおカメラを外でセットする際にはミトンは外さなくてはいけないことです。それでも手袋は二重ですが、ここからは時間の勝負です。すぐに寒さで指先がしびれるように痛み始めます。これが相当に過酷ですが、乗り切る秘訣は「我慢」です。


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バラクラバはマジ重要。

手足と同じかそれ以上に防寒に気をつけるのは頭と顔です。バラクラバ(目出し帽)は必須です。僕の印象としては、おそらくバラクラバは最も重要な装備です。これなしで我慢するのは相当キツイですし、すぐに凍傷になります。このうえにネックウォーマーと帽子を被ってください。この段階でもう誰が誰だかわかりません。

まだまだ続きます。外は真っ暗なので、ヘッデンが必要です。歩くために必要なだけでなく、カメラの設定などの手元の操作もちっとも見えないので明かりがかかせません。バッテリー部をジャケットの中に収納できるものを選ぶと良いでしょう。バッテリーの類は工夫して寒さから守らないとすぐ死にます。最後に、ゴーグルはオプションです。僕は風がよっぽど強い日しか使いません。ちなみに外は暗いのでスキー用の偏光のやつとかサングラス的な機能を持ったものではなくて、むしろただの透明なプラスチックのやつを用意してください。


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バックパックに入れるのは三脚だけ。

オーロラ撮影には三脚がかかせません。三脚はバックパックのなかに入れて持ち運びます。雪面は真っ平らとは程遠く、サスツルギと呼ばれる波のような模様になっていて、しかも暗いのでよくコケます。なので両手は常に空いていたほうがいいです。それに三脚をむき出しにしていると、可動部の油が凍結してすぐに三脚としての機能を失うので、目的地まで歩くあいだは外気に触れないようにバックパックの中に入れておきましょう。

準備ができました。*1

あとは外に出て気合と根性でオーロラを撮影するだけです。技術的なことは適当にいろいろ試してれば身体が勝手に覚えるでしょう。

エンジョイ!

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オーロラ。

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オーロラ。

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オーロラ。

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オーロラ。

*1:最初に観たオーロラはもうとっくの昔に消えているでしょう。

オーロラの写真とか

相変わらず南極点は寒いです。7月31日にはマイナス73.8度を記録しました。

何も書かずにしばらく放置していたので、書くことがたくさんあってまとまりそうにありません。

考えた末、めんどくさくなったので、ぼくの働くIceCube laboratoryの写真数枚だけのっけます。

3枚の写真は同じ位置で数時間以内に撮影したものです。オーロラや星空の様子は短い時間のスケールでも刻々と変わっていきます。

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建物がめちゃくちゃ明るく輝いているわけではありません。周りが暗すぎるのと長時間露光のためです。

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これくらいのオーロラは月が出ていなければほぼ毎日見れます。

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空気中のアイスクリスタルで霧がかっているようす。

ケイジャン・シーフード・ボイル

先日はついにマイナス70度を下回りました。相変わらずアホほど寒く、オーロラが空に爆発している南極点です。

基地で毎日料理を作ってくれる料理長のジークはテキサス州出身です。 よく作ってくれるアメリカ南部料理やケイジャン料理はどれもほんとうに美味しいです。

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めちゃくちゃいい人です。よく笑うので一緒に映画をみると映画が10倍面白くなります。

木曜日は「ケイジャン・シーフード・ボイル」の日でした。ここまで半年で一度も出なかった新しいメニューです。2週間前から楽しみにしていました。

ザリガニで出汁をとったスープでシーフード、ソーセージやポテトを煮ます。

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煮たエビを取り出しているところ。このぜったいうまい煮汁、残念ながら捨てます。

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ケイジャンスパイスをふりかけているところ。

一旦、キッチンからオフィスに戻って仕事を終えたあと、夕食が始まる時間に食堂に戻ると衝撃の光景が広がっていました。

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山盛りのカニ。

まさかの超巨大なカニ脚も同時提供です。

僕がこれまで生きてきて見た中で、印象として一番ガタイがデカかったのは名古屋駅で見た大魔神佐々木です。 当時、「あ、(元)メジャーリーガーだ!」という驚きよりも、駅にいる周りの一般的愛知県民に比べてあまりにも彼が大きく、「(まさに)だっ、大魔神だ...!」と思ったことを覚えています。言うなればこのカニ脚は、大魔神佐々木です。

アホほどでかいカニは、もちろんポン酢とかそういうのでは食べません。 溶けたガーリックバターにたっぷり浸してかじりつきます。あぁうめえ...。 それに、言うまでもなく食べ放題です。料理長いわく、「いっぱいあるから好きなだけ食え。」とのことです。 どの脚も殻パンパンに身が詰まっていて、夢にみるようなメジャー級のカニ体験です。 どうもありがとう、アメリカ。

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重い。

このカニ脚、とんでもないサイズなので爪も巨大で、とても手では割れません。この巨大な爪がついてる脚は食べにくいせいか、あまりみんな手をつけません。 チャンスです、遠慮なくいただきます。 非力な僕が爪と格闘しているのを見かねて、ジークがキッチンからハンマーを持ってきてくれました。 机を壊さないように力を加減して爪を叩き割ります。

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食べ始めのころ。

ところでアメリカ中西部出身のジョンはシーフード嫌いです。罰当たりなジョンのためにも彼の分までカニを食べてあげます。 こんな風に、ここぞとばかりにがっつく僕に比べて、まわりのみんなは割と冷静で、「おっ、きょうはカニか。」くらいのテンションです。 ハンマー振り回して一心不乱にカニを食う僕をみて、みんな笑っています。 この日だけで、エビ20尾、さらに一般的日本人が食べるカニの量の5年分は食べたと思います。嘘ではありません。 食後にはボストンクリームパイなる、おいしいデザートもいただきました。大満足です。

驚くのは、この日はほんとうになんでもないただの木曜日です。しかも2日後はMid-Winterといって、極夜の折り返しを南極大陸全体で祝うお祭りで超豪華なディナーが予定されています。それに、1週間後の今日は「ステーキ・アンド・カニ・デー」が間髪入れずやってきます。なんてこった...

シャワー

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本文とは全く関係ありません。

アムンゼン・スコット基地は南極大陸のど真ん中に位置しています。最寄りのアメリカの基地はマクマード基地で1400キロ先、お隣さんはロシアのボストーク基地でこれも1300キロ離れています。なお、東京-博多間は1100キロくらいらしいです。僕たちから半径1300キロの円の中には人間は誰もいません*1

何が言いたいかというと、誰にも頼れずインフラは何もないので、水も電気もすべて自分たちで用意しなくてはいけないということです。水は氷を溶かすことで、電気は極寒地でもちゃんと燃焼するようにブレンドされたジェット燃料を使って発電します。このため、燃料は基地の生活の土台となる欠かせないものです。当然越冬中は外部から補給できないので、節約して使わなくてはいけません。

これが何を意味するかというと、「シャワーは週に2回、それぞれ2分間」ルールの登場です。

みなさんもぜひ2分間シャワーを試してみてください。はじめに考えずにやると時間がきっと足りなくなると思います。

始めは少し戸惑いましたが、いまはもう慣れました。以下が2分間でシャワーを終えるための僕の戦略です。

始めの10秒はシャワーまだ温かくないので残念ながら役に立ちません。 正直、このまったく無意味な10秒を他のウィンターオーバーは10秒としてちゃんとカウントしてるのだろうか、といつも疑問に思います。

お湯が充分に暖かくなった次の15秒程を使って、髪の毛を濡らします。この段階でシャワーは一旦止めて、シャンプータイムです。 何日も洗ってない髪の毛ではなかなか泡が立ちません。いい加減髪の毛も延びてきて、今では前髪が口の中に入ってくることがあります。気持ち悪いです。

ここまでで25秒使っています。順調ですね。シャワーを再び全開にし、急いで髪の毛をすすぎます。ポイントはここでのすすぎは適当で良しとすることです。

40秒が経過しました。2回目のシャンプーと身体を洗うタイミングです。シャワーは再度止めます。さすがに2回目のシャンプーでは泡はしっかりと立ち、気持ちも良いです。 身体も洗ったあと全身は泡まみれになっている訳ですが、ここで重要なポイントはすすぎ始める前に手で泡を落とすことです。これで10秒は確実に稼げます。

もう最終コーナーは回っています。ここからは最後のストレート、2分経過までシャワー全開ですすぎきるだけです。実際には1分20秒経過時くらいで手順は完了するので、残りの時間はお湯を楽しむ時間です。

ところで何秒経過した、とか言うのは自分で数えています。当然ここにはバイアスがあるでしょう。無意識のうちにゆっくり数えている可能性があります。確実に2分以内でシャワーを終えるために、1分50秒が経過した時点でバルブを閉じます。これできょうのシャワーは完了です。

この手順はアムンゼン・スコット基地に赴任して以来、6か月間かけて確立してきた作戦です。時間の振り分けのデザインの背景には、「前半急いで後半楽しむ」という意図があります。

ちなみに、南極点は湿度ゼロ%なのでそんなに毎日シャワーを浴びないと不潔、ということはないです。みんな臭くないですよ。

ここからが本題です。

先週の全体ミーティングで水の流量管理の責任者から、「みんなに大事なお願いがある。」と話がありました。

悪い予感です。これまで基地では原因不明の水の使用量の超過、という問題がありました。従来のシーズンの同時期に比べて30%程度水の使用量が多いという問題です。 シャワーの時間が制限されるのでは...と思わず身構えます。

責任者のマットが続けます。「あるトイレが故障して水が流れっぱなしになっていたことがわかった。これを修理したところ、基地の水の使用量が例年程度に落ち着いた。問題は解決したが、シャワーが基地の水の使用量にどれくらい影響があるか調査したい。なので、来週はシャワーは一回あたり10分間ぜひ使って欲しい」と言い放ちました。

...10分間???

一瞬の静寂のあと、どっとみんなから歓声が上がります。10分間シャワーはここでは特別なものです。例えば、(極寒の南極点の外で本当に42km走る)マラソン大会の優勝者の景品が10分間シャワーでした。

talking-penguin.hatenablog.com

さる今週の火曜日の真夜中、満を持してシャワールームに向かいます。10分間をどう使うか、いったいどれだけすすぎに使えるかなど考えているうちに、頭の中はもうパニックです。作戦がまとまらないままシャワーを開始すると、案の定身体が2分間シャワーを覚えているせいか、どう頑張っても3分を経過するころにはすべてを終え、もう何をしていいかわからなくなってしまいました。

シャワー全開のまま、ベージュ色のシャワールームの壁をじっと眺めます。まだ4分です。

5分が過ぎた頃には、なんだかぼんやりしてきました。どうやら、のぼせてしまったようです。

なんと6分でまさかのギブアップです。

部屋に戻り髪を乾かしていると、なんかこう、どっと疲れを感じます。

あしたも10分間シャワーの予定です。楽しみというより、なんだか重荷に感じます。

*1:聞いた話ではたまに宇宙ステーションの宇宙飛行士が最寄りの人間になるらしいです。

ウィンタープロジェクト

南極点のウィンターオーバーの多くは越冬期間中のプロジェクトを用意してきています。

例えばジョンはマシーンラーニングの勉強*1、クリスチャンはMBAの勉強、ザックは自作のラジコンをラズパイで制御して基地の掃除をしてくれるルンバを粉々に破壊するルンバキラーを制作しています。

みんなスケールが小さいですね。だいたいザックはともかく、なんで南極点まで来てわざわざ小難しい勉強しなくてはならないのでしょうか。

器もやることもでっかい僕のプロジェクトは、サターンVロケットの建造です。

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ご存知人間を月まで運んだ、人類史上最強のロケットです。

さすがは21世紀、アポロ計画を支えたこのロケットも今やアマゾンで購入することができます。2月頃基地が閉鎖される前にギリギリ届きました。

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アポロ計画当時とは異なり、このサターンVはデンマークの某世界的企業によって再デザインされ、ほんの少しだけ小さくなっています。

残念ながら僕はロケット建造のノウハウを知りません。そこで元NASAのエンジニアのザックに技術監督をお願いしました。また、ロケット建造には人手も必要なのでポスターも用意します。

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ふざけているときが一番楽しいですね。

当日は気持ちを高めるために、小会議室建造サイトにモニターを設置し、アポロ計画関連の映画*2を上映します。

いかんせんロケット建造には危険も伴います。そこで医師のジュリアンも参加してくれました。万全の体制で望みます。

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映画と見比べながら初段ロケットを組み立てます。

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全く理由はないですが、ケビン・ベーコンが出てくるたびにみんなで盛り上がります。しかしベーコンって名字すごいな。本名かどうか知りませんが、子供の頃イジメられなかったでしょうか。

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ケビン・ベーコンが見守ってくれています。

数時間に及ぶ作業の末、見事完成させることができました。

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心配そうに見守ってるのが、元NASAのザック。

完成したロケットを飾るために食堂へ持っていくと、ちょうど自家製アイスクリームを作っているところでした。

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ただのアイスクリームではありません、研究用の液体窒素とパン製造用のミキサーを使って一瞬で作ります。

とても濃くて美味しいアイスでした。

こんなふうに越冬中の南極点では、日々を面白いものにしようと、みんなで知恵を出しあって楽しく生活しています。

*1:半年経ちましたが、やってるところみたことありません。

*2: アポロ11(2019)とアポロ13(1995)

タイムラプス

南極点のみんなはタイムラプスの撮影が好きです。僕もやってみました。

vimeo.com

あれ、なんか短いな?と思ったでしょう。そんなこと言ってると地獄に落ちますよ。

以下は上の動画に至るまで大変だった話です。

何の工夫もせずに、外で三脚立てて普通にカメラ載っけてタイムラプスの撮影しようものなら、長時間露光の場合だと経験的に3分でカメラ凍死します。そこで南極点のウィンターオーバーに代々伝わる秘密兵器が必要になります。

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タイムラプス・ボックス。

アイデアは断熱材の大きめの箱でカメラを寒さと風から守るというところにあります。

基地の研究室にはIceCubeの歴代のウィンターオーバーが開発、引き継いできたこんな感じのいろんなデザインのタイムラプスボックスが何個も転がってます。ただ、みんながどんどん借りていってしまった結果、当のIceCubeウィンターオーバーの僕は最後まで残った、使いにくそうなやつ使わなくてはならない羽目になりました。ちくしょう!

でもよく見ると中がすごくシンプルな構造になっているおかげで、俺仕様にする余白がたくさん残っていることに気がつきました。 南極点で一番のタイムラプスボックスにしてやろうと思います。 冬が終わる頃には、お前のタイムラプスボックスがナンバーワンだと皆に言わしめる予定です。

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フタ開けるとこんな感じ。

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熱湯を入れたナルゲンボトルで内部を保温。

一般的に*1タイムラプスボックスの欠点は、角度を決めづらい(構図を決めにくい)ことと言われています。 雪面に置くだけなので、水平をとったり仰角を決めたりするのが難しいのです。

そこで技官のキャルに、三脚にこのタイムラプスボックスを固定できるような治具を作ってもらえないか相談しました。

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ぼくの適当なアイデアを元に、ささっと作ってくれました。感動です。

あまりにも思ったとおりの理想的な治具を作ってもらえました。

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マイ・タイムラプス・システム

タイムラプス・モンスターの誕生です。

このシステムで撮影した、はじめてのタイムラプスが冒頭のやつです。もっかい貼ります。

vimeo.com

残念ながら、まだカメラの保温が万全でないせいか4時間しか持ちません。うまくやってる人は7-8時間の撮影に成功したりしてるので、まだまだ改良が必要です。

おしまい。

*1:「一般的に」=「南極点のウィンターオーバーの間で」